弟まそら、見えないはずのモノが見えるらしい

我が家には、小学3年生の双子の

兄まひろ(反抗挑戦性障害+多動傾向)と

弟まそら(ADHD自閉症スペクトラム障害) がいる。

弟まそらは、今年度、昨年度同様に特別支援学級判定だったが、変わらず通常学級に在籍させている。 

 

 

さて、今日は、非科学的なお話。

 

●まそらには、見えないはずのモノが見えるらしい

話は、園時代にさかのぼる。

当時は、アパート暮らしだった。

育児で死にそうになっていた私。

とにかく余裕がなく、増える子どもの諸々は、使っていない部屋に、ただひたすらに押し込んでいた。

まあ、それはそれはすごい散らかりようで、嵐の後のような有り様だった。

 

ある日のことだ。

双子弟まそらが言う。

「物置き部屋に、オバケがいた。」

またまた冗談を〜と聞き流す。

「真っ黒で、掃除道具(クイックルワイパーみたいな)を持って立ってた〜。」

「へえ~。で、まそらはどうしたの?」

「そおっとこっちの部屋に戻ってきた。」

 

もう4年とか5年とか前の話だ。

当時、私は全く信じなかったが、それ以降、時折、このときのことが我が家では話題に上るようになった。

 

そして、先日のことだ。

また、まそらが言う。

「オバケがいた〜。階段から降りてきて、下の方で透明になって消えた。

大きな子どものオバケ。本を持ってた。

真っ黒だから性別はわからない。

オバケにはそれぞれ決まった持ち物があるんだねえ~。

前のオバケはお掃除の道具を持ってたし・・・。」

「ふ〜ん、そうなんだ〜。どこから家に入ってきたのかな?」

「階段の上の窓じゃないかな?」

「まそらはいつもオバケを見るの?」

「ううん、これで2回目。」

 

今回は、ちょっと考えてしまう。

いつもいつも言うなら、まあ嘘だろうと思う。

「2回目」というのが、真実味を高める。

「真っ黒で、性別不明」というのがブレないところも真実味を高める。

おそらく、まそらは嘘をついていないに違いない。

可能性として、

①本当に存在しているので見える

②脳に異常があり、幻覚が見える

が考えられる。

 

何と言うか、もう何でもありだと思うこの頃だ。

断っておくが、私はこれまで科学を信じてきた人間である。

だが、「見えないから、存在しない」ということにはならない。

ありがちな例で言えば、「心」は見えないが、存在しないわけではない。

 

まず思うことは、

次回、発達の専門病院の受診時に、医師に相談しよう、ということだ。

続いて、精神疾患の方も診ておられる栄養療法の病院でも、脳の異常なのかをお訊ねしよう、ということである。

 

ただ、今まで2回のみという発生率の低さが気になる。

病気なら、もっと頻繁に、「見えて」しまうのでは?と思ってしまう。

 

家に不要なモノが多いと、悪い波動が出て、運気を下げる・・・

というハナシは割と耳にする。

散らかった部屋に「お掃除ユーレイ」が現れるということも、起こりうることなのかもしれない。

 

で、結局、今住んでいる家も、引っ越しに際して、アパートから運んだ諸々が整理されないまま未だに雑然と放置されている。

そろそろいい加減に片付けるか、と思う。

そして、いい機会なので、まひろに話をする。

「いつも死ねとか、クソがとか、面倒臭いとか・・・、悪い言葉ばかり言っているから、そういうものを呼び寄せてしまうんだよ。

そういうものは明るくてきれいなところには来ないの。

暗くて汚いところに来るの。

あなたがネガティブな言葉でそういう環境を作っている。

前向きな言葉を言いなさい。

家に住み着いて、取り憑かれてしまうかもしれないよ。」

 

そう、まひろはユーレイが怖いのだ。1人で2階に行くことができないほどだ。

この話をして以降、まひろはぴたりと「死ね」と言うのをやめた。

恐怖というものには、人の行動を変える力がある。

 

 

●盛塩

さて、家に何やらいると聞いて、いい気がする訳がない。

非科学的なことには、非科学的なことで対処するのだ。

何かというと・・・、

盛塩、である。

 

簡単に検索する。

・国産の海塩で盛る

・白い皿の上に盛る

・玄関の内側とキッチンなどの水回り、鬼門に置く

・置く場所はきれいに掃除する

・週に1回は交換する

 

塩による「清め」については、別件でも気になることがあり、盛塩を実行に移す後押しとなった。

何かと言うと、、、

外出時、車に乗っていて、外を見ていたまひろが驚いたように言う。

「人が◯◯している!!!」

声に緊張感があった。

私は寝られるときにはとにかく寝ようと思っているので、そのとき目を閉じていた。

なので、状況は全くわからない。

だが、半信半疑ながらも言う。

「え?ホント?引き返して確認を!」

すると夫は、

「電話をしているおじいさんがいたから大丈夫じゃない?笑いながらだったけど、きっと通報だよ。」

という。

彼は、常に他力本願な思考をするのである。

「その人が通報しているという保証は?別の電話かも。これで助かるはずの人が助からなかったら、私たちのせい。後味が悪い。戻って確認すべきだと思う。」

仕方なく、引き返す夫。

車を止めて、よく見る。

遠くて、私にはそれが人であるのかさっぱりわからない。

だが、夫が、

「スカートをはいた女の人だ。多分もうダメだ。」

と言う。

人であることは間違いないようであった。

通報を・・・と言い始めたまさにそのとき、パトカーと救急車が到着。

私たちにできることなど何もない。

車に戻り、目的地へ向かう。

 

えらい場面に遭遇してしまった。

何か悪いものがくっついてこなければいいが・・・

と自然に思う。

で、お清めの塩を考える。

家に入ってからでは遅い。

入る前に清めなければ・・・。

 

そんなこんなで、私の中で「塩」への関心が急激に高まったのである。

で、盛塩を試みることになった。

しかし、塩を円錐状に盛るというのは、なかなかに難しかった。

セリアで盛塩の型が売られていることを知り、さっそく買いに行く。

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高さ5センチほどか?

大変に使い勝手がよい。

海塩をぎゅうぎゅう詰めて、作る。

そして、それが入って来たらしい階段上の窓と、トイレに設置。

玄関は双子が蹴散らかしそうなので断念。

トイレについては・・・・・・・、なんとなく。

こういうことは、感覚の世界だと思う。

 

盛塩・・・。

崩れたりすることなく、最初の1週間が過ぎた。

そして、2週間が経過したある日。

トイレの塩が崩れた。

双子に確認をする。

どうやら、まそらがわざと崩したらしい。

駄目よ、と注意をする。

その翌日、今度は階段上の盛塩が崩れる。

これも、まそらだと判明。

 

何かよからぬものの仕業ではないことがわかり、やれやれと思うが、

まそらを使って壊させようとしているのかも?とも思う。

いや~、まったくもって非科学的な思考であることは百も承知である。

しかし、だ。

なぜこんなことが?というような理解不能な出来事には、生きていると何度か遭遇するものだ。

色々と、否定も肯定もできない。

 

まそらに見えているモノは、

いったい何か???

見えないはずのモノは、見えるべきではない。

だが、医師に相談したところで、まあ解決することはないだろう。

それでも念のため一応相談はしてみるのだ。

 

薬も毒も

光も影も

生も死も

相反するモノがいつも同時に存在している世界。

バランスの中で生きたいと思う。

 

 

 

 

 

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