まそらの成長。運動会とか合唱とか。

我が家には、小学2年生の双子の

兄まひろ(反抗挑戦性障害+多動傾向)と

弟まそら(ADHD自閉症スペクトラム障害) がいる。

この4月、弟まそらは、特別支援学級判定だったものの、特別支援学級から通常学級に移った。 

 

 

さて、最近、ちょっとメンタル不調だと感じる。

 

とあるコミュニティを去りたいのに去れななくて、

そこでの立ち回りがしんどいというのもあるのかもしれないし、

 

夏が終わり、日照時間が短くなったり、

台風などで天気の悪い日が多かったりして、

大嫌いな秋だとか、冬だとかを感じてしまって、

少し早いけれど冬季鬱的状態なのかもしれないし、

 

双子の世話が当たり前にしんどかったり、

子どもと一緒に寝て熟睡できないことからくる体調不良とか、

タンパク質が不足気味なのかもしれないし・・・・・・・。

 

何をどうすれば気分転換ができるのかもわからず、

どーんと重たく感じてしまう。

 

こういうときは書きたくなる。

内にあるものを出す。

そうすると、気が紛れたりする。

 

今朝は、

6時起き。

いつもより1時間遅い。

それだけでも、「休んだ」という「気持ち」を手に入れることができる。

たった1時間のことでも、身体も楽に感じられる。

朝食を用意し、勉強を見て、お弁当を作り・・・・

そうして双子は夫と出かけて行った。

 

家に、1人だ。

自分の朝食を摂り、子どもの朝食の後片付けをし、洗濯をし、掃除をする。

ゆったりしてるな~と思う。

子どもの世話をしなくていい。

自分のペースで行動できる。

何時に迎えに行かなくてはとか、昼食を食べさせなくてはとか・・・・・

そういう〇〇しなければ・・・・・、がない。

 

1人でゆっくり買い物に行って、夕食を用意して、

夕方帰宅した子どもたちに食事を出し、

私だけ行けていなかったお墓参りへ、

1人で、行く。

 

お墓参りを終えたら、もう夕暮れ。

終わっていく世界があった。

亡くなった人が眠る場所で、

樹々が葉を落として終わりに向かう秋の風が吹き、

日が落ちて、一日が終わり始める。

 

終わって始まって終わって始まって・・・・・

死んで生まれて死んで生まれて・・・・・

長い長い時間の流れの中で、

私なんて本当に小さい。

 

わざと少し遠いお店に向かって、

終わりゆく薄暗い世界の中をドライブし、

理由もないのに、なんだか目がうるんできて、

ああ、私って結構疲れているんだなと自覚したり、

自分がさほど強くないことを思い出したりして、

それでも、子どもがいないことで、

ゆっくりした時間が流れて、

力が抜けて、

あ~、休息したな・・・と思う。

よくわからないが、リフレッシュできて、

買い物をすませて、帰宅し、夕食の片づけと、また洗濯。

 

そして、ブログを書く。

 

●弟まそらの成長

★運動会

先日、運動会があった。

昨年度のことを振り返る。

特別支援学級の担任の先生がべたづきで、なんとかこなしていた。

 

今年度は、運動会実施の1週間ほど前からだろうか。

担任の先生より、

・全学年でする種目が苦手でできない

・待ち時間が苦手

・障害物競争が難しくてできない

・当日は、支援しながらの参加を考えている

と言われる。

 

そして、運動会間近になって、

・徒競走は自分でできそう

・障害物もできそう

・全学年の種目は、少しルールをゆるくして参加

・待ち時間が耐えられそうにない場合は体育館に避難

と言われる。

 

「支援しながら」から「1人でできそう」へ変化。

先生の指導力あってのことだろうと思う。

 

そして、運動会当日。

私の姿を見て、担任の先生が話しかけてくださる。

「すみませんねえ。まそら君についていることができなくて。」

とおっしゃる。

 

律儀だな~と思う。

先生にはそれぞれ役割があるわけで、運動会のような場で、まそら1人にべたづきしてもらえるだなんて当然のことながら全く思っていない。

そして、そんな期待を私がしていないことなど担任の先生もわかっておられると思うのだが、おそらく思ってもいない「すみませんねえ」発言をし、「気にかけています」PRをされるのである。

 

余談になるが、

まそらの担任の先生は、そつがない。

私は毎日学校に送り迎えをしているが、

下校時はほぼ毎日、昇降口にやってこられて、その日のことを簡単に教えてくださるのである。

たとえば、

「図工でカマキリの絵を描かなければならないのですが、虫が嫌いで描けません。ミツバチなら描けるということなので、それでいいことにしようと思っています。」

といった感じだ。

 

正直なところ、通常学級に移籍するにあたり、担任の先生に期待することなど何もなかったのである。

〇〇ができるように指導してほしい、とか、

◇◇を改善してほしい、とか、

勉強をしっかり見てほしい、とか・・・・・

そんなことは一切思っていなかった。

大勢の中の1人として、ほっておかれると思っていたのである。

ただ、

きつく叱ったり、あれこれと押さえつけたりせず、のびのびさせて、とだけは思っていた。

担任の先生に望んでいたのはそれくらい。

 

だが、担任の先生は私の予想を大きく覆し、驚くほどに細やかにまそらを見てくださっている。

 

話を運動会に戻す。

まずは開会式。

まそらは、列に並べず、後ろで椅子に座っている。

昨年度は参加できていたのにな~(がっくり)。

 

続いて、ラジオ体操。

大勢に埋もれて、どこにいるかわからない。

 

徒競走。

最初のみ、補助の先生に並走されて走る。

先生が並走をやめても、まっすぐきちんと走った。

昨年度と異なり、最下位ではない。

やったね!

 

障害物競争。

こちらも最初だけ補助の先生が並走。

途中からは一人でこなす。

障害物競争も途中までは最下位ではなかったが、最後のボール投げに苦戦し、最下位に。

でも、ちゃんとこなしており、見ていて、違和感はない。

つまりは、「発達障害児です!」という感じの目立ち方はなかったということだ。

 

全学年の種目のうちのひとつは、姿が発見できずで、

もうひとつは、応援席に座ったままで参加しなかった。

 

「体育館に避難」することもなく、学年の種目はきちんとこなせた。

競技に取り組む姿は、いたって「普通」で、奇異には映らない。

不安なく見ていられるようになった。

 

だが、「ちゃんと取り組んでいる」ことに喜ぶのは、もうそろそろ終わりにしたい。

もう一歩進んで、次は、先生の補助なしでやれるようになってほしいと思う。

 

 

★合唱

先日、まそらが所属している合唱団が野外イベントに出演した。

コンサートにまそらが出演するのは3回目となる。

 

1回目は、リハーサルで寝転んだりし、出演が危ぶまれたものの、最後の1曲だけステージに出してもらえた。が、歌わず、奇異な行動をとり、悪い意味で目立ってしまった。

2回目も、ステージには出たものの、歌わず、立っていただけ。

 

そして、今回。

出してもらえるのだろうかと思っていたが、有料コンサートではないためか、出演OKとなった。

おかしな行動をしないかとハラハラして見守る中、コンサートが始まる。

まずは、振り付きの歌から。

簡単な振りなのであるが、まそらが普段きちんと練習しているとは思えない。

どうなるかと思っていたら、周りを見ながら真似をしてこなしている。

きちんとはできていないが、お?っと思う。

こんなことは初めてだ。

途中で投げ出したりもせず、曲が終わるまで、振り付けをなんとかかんとかやっている。

きゃーっ!!という感じだ。

だが、振りに精一杯で歌っていない。

でも、上出来。

充分だと思う。

 

振り付きの曲が2曲終わると、振りなしの曲へ。

こちらは、ちゃんと立って歌っている。

 

コンサートで、振りに取り組むのも、歌うのも、

今回が、「初めて」である。

 

歌わずに、立っているだけか、変わった行動をとっているか・・・・・

そんなだったまそらが、

振りをこなし、歌っている。

 

ああ、成長しているな・・・。

涙をこらえる。

 

大変なことは、日々、沢山ある。

だけれども、少しずつでも、ちゃんと彼は前進している。

彼にかかわってくださる方々には感謝しかない。

 

まそらが、キラキラと輝いて見える。

本当にかけがえのない存在。

幸せな時間。

 

 

 

 

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